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「金の道サミット in 佐渡」を開催します

2015年11月7日、あいぽーと佐渡で。入場無料、要申込

2015年10月27日、掲載

世界遺産推進課 登録推進係(0259-63-5136)

かつて佐渡と江戸を結んだ「金の道」にちなんで、街道沿いに宿場町があった自治体との交流を深めながら、歴史的な街並みを活かした地域づくりをテーマとするサミットを開催します。

注釈
「金の道」
金銀が運ばれた「北国街道」と、佐渡と江戸を結ぶ「三国街道」を指します。詳しくは後述

概要

日時
2015年11月7日(土曜日)、10時〜15時
会場
あいぽーと佐渡 多目的ホール
入場料
無料
定員
先着順280名(要申込)
内容
  1. 基調講演
  2. 伝統芸能披露(羽茂高等学校 郷土芸能部)
  3. 佐渡金銀山学習発表(相川小学校6年生)
  4. パネルディスカッション
  5. 共同宣言
参加自治体
  • 北国街道から:新潟県 出雲崎町・柏崎市・上越市・妙高市
    長野県 千曲市
  • 三国街道から:新潟県 長岡市・燕市・魚沼市・南魚沼市
主催
佐渡市
共催展
甦る黄金の輝き:佐渡小判里帰り展(11月6日〜8日、佐渡博物館)

後援

新潟県、新潟県教育委員会、新潟県「佐渡金銀山」世界遺産登録推進議員連盟、佐渡市世界遺産登録推進議員連盟、佐渡を世界遺産にする首都圏の会、佐渡を世界遺産にする新潟の会、佐渡を世界遺産にする会、佐渡金銀山古道を守る会、鶴子銀山へ続く道を歩こう、笹川の景観を守る会、新穂銀山友の会、京町通りを守る会、佐渡まちなみネットワーク、上相川を守る会、NPO法人相川京町町並み保存センター、佐渡金銀山世界遺産登録推進県民会議、新潟県 出雲崎町・刈羽村・柏崎市・上越市・妙高市・長岡市・燕市・魚沼市・南魚沼市・湯沢町、長野県 信濃町・飯綱町・長野市・千曲市・坂城町・上田市・小諸市、群馬県 安中市・高崎市、埼玉県 本庄市・深谷市・熊谷市・鴻巣市・桶川市・上尾市、東京都 板橋区・千代田区

参加申込方法

世界遺産推進課へ、お電話またはファックスで、代表者の住所・氏名・電話番号と参加人数をお知らせください。定員に達ししだい締め切りますので、お早めにどうぞ。

基調講演「地域の文化資源を活かしたまちづくり」

講師

主な経歴

池邊このみ氏

池邊このみ氏(千葉大学教授)

千葉大学 園芸学部 造園学科 卒業、同大学院 修士課程 修了。同大学院 博士課程 自然科学研究科 修了。1986年〜2010年、住信基礎研究所、ニッセイ基礎研究所で国土計画・土地政策等の研究に従事。2010年、千葉大学 大学院 教授。

専門

環境造園デザイン学研究テーマ:歴史・文化財、環境造園デザイン学、都市デザイン等

主な兼任

日本学術会議連携会員(環境学)、日本造園学会常任理事、国土交通省社会資本整備審議委員都市計画・歴史的分科会会長、文化審議会名勝審議会委員、歴史的風致維持向上推進調査評価委員、歴史文化基本構想技術指針策定委員、国土交通省都市景観賞審査委員、国土交通省緑の都市賞審査委員、次代の文化を創造する新進芸術家育成事業審査委員、芸術文化振興基金選考委員、新潟県名勝に関する総合調査委員長、新潟県佐渡市保存管理計画委員、新潟県妙高市旧関山宝蔵院庭園保存管理計画策定委員会、長野県文化財審議委員、山梨県文化財審議委員、静岡県文化財審議委員。

その他、各地で、景観審議会、環境審議会等の審議委員、名勝の保存管理計画、整備計画の委員を務める。

また、被災地で、岩手県陸前高田市文化財等保存活用計画策定調査委員長を務め、被災地の失われゆく文化財や市民の生活史、歳時記等に関する調査研究を実施している。

パネルディスカッション「歴史・文化を活かした地域づくり」

コーディネーター

千葉大学教授、池邊このみ氏

パネリスト(順不同)

出雲崎町、柏崎市、上越市、妙高市、長岡市、燕市、魚沼市、南魚沼市、千曲市、佐渡市

参考:かつて佐渡と江戸を結んだ「金の道」、北国街道と三国街道

佐渡奉行岡松伊豫守旅行図

北国街道(金銀が運ばれた道)

江戸時代、佐渡で産出された金銀は、船や人馬を使って、遠く江戸まで運ばれた。宰領役人の指揮のもと、相川から小木までは陸路、小木から出雲崎までは、佐渡奉行所の官船で海路、出雲崎から江戸へは、信州追分までは北国街道、追分からは中山道を通って武州板橋宿まで宿継ぎの伝馬で輸送された。板橋宿からはそのまま江戸城の御金蔵まで、佐渡奉行所の江戸詰め役人の案内で運び込まれた。

三国街道(越後・佐渡と江戸を結ぶ道)

三国街道は佐渡への渡海場である寺泊を終点とし、佐渡奉行や役人、商人など、江戸と佐渡を往来する様々な人々が通行した。正徳2年(1712年)に勘定奉行兼佐渡奉行の荻原重秀が解任された後、佐渡奉行は2人制となり、毎年交代で佐渡へ赴任するときには三国街道を、江戸へ帰る時には北国街道を通行することが定例となっていた。

「佐渡奉行岡松伊豫守旅行図」(大安寺所蔵)

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