佐渡の文化財

赤泊村史 上巻

  • 編集:赤泊村史編纂委員会
  • 発行:赤泊村教育委員会
  • 発行日:昭和57年3月20日
  • 非売品

目次

序文
発刊にあたつて
赤泊村全図
はじめに-赤泊を考える-
殿様道 赤泊の港と廻船 松前稼ぎ 変わりゆく時代の中で 縄ないの村 牛飼いの話 ある提言 歴史が語りかけるもの
上浦
海辺の村
真浦
   四つの神社 宮持ち百姓 六人の重立ち 江戸時代の真浦 開発と用水 焼畑の争論 御竹ばやし 真浦つるも 四郎兵衛の商い 力をます小前百姓 真浦の祭り 日蓮堂の石塔 帰郷の観音
柳沢
   慶長検地帳の残る村 中世の田 村の殿さま 古代の塩焼きの跡 江戸時代なかばの柳沢 奉行所御用の船大工 タコ場持ち 商品作物の栽培 三つのお宮 かさもり堂
新保
   古田を持つ百姓 上浦一水田の多い村 家の増加 新保の白樫 真更川の供養塔 与三の船の難破 両手のうぶすな
杉野浦
   「名」というブロック 十三重立六百姓 古い田地 杉野浦の五人組 重立と小前 厚恩の日手間 船材となつた杉の木 あば縄作り 山伏勝蔵院と態野の祭り
大杉
   村の開発者 大杉と漁業 なわばり御山 用水の配分 清行寺の土地集積
上浦のくらし
   多い兼業農家 明治の生産物 農会免除の願い 磯漁から大謀まで タコ場の争い  タコ捕りの話 竹を売る 嫁泣かせ花 羽茂との交流 勝浦家の一年
赤泊
   港のある村
赤泊の成立
   三川郷 赤泊と徳和 村の鎮守若宮権現 赤泊代官横地所左衛門 十分一役屋 五
   人問屋 昔の港と町なみ 赤泊の元禄検地 赤泊新谷の開発
港、赤泊
   江戸時代なかばの港と村 赤泊の廻船 廻船の航海 松前行き商人の出現 佐藤勘十郎 松前稼ぎ商人の活動 奉行御渡海 御用状箱運漕 押渡船 牛の積出港 港情景 変わる村の秩序 幕末の赤泊
転換期を生きる港と村
   明治二年の赤泊 明治の通婚圏 新澗取開き願 明治の港改修計画 田辺九郎平 港の改修と九郎平 港の維持 港の芸者衆 町の整備 遅れた道路整備 明治末の商港赤泊 問屋淡路屋の明治 港、鎮守の祭り はなやかな山車 今、赤泊は 天狗塚の開墾 問屋の年中行事
徳和
   丘陵台地に拡がる村
村のなりたち
   徳和の五組 組ごとに作られた掟 五人の組頭 東光寺村 元組と東組に村分け 組内の混乱 郷蔵争論 もとの五組にもどる 検地帳からみた徳和の百姓 名主についての取りきめ 伸びる小百姓の生活 訴えられた名主と組頭 天保一揆と徳和村 村の草分け
村の生産
   徳和の年貢 耕地と用水 用水の不足 松が中用水の争い むずかしい新田開発 焼畑の争い 徳和と松ケ崎喜兵衛 栢の木御林 栢の木と実 豊かな木々 果樹の質入れ 松前へ出稼ぐ人々 廻船商売 徳和の漁業 兵四郎畑の牛市 鍛治職、火倉家 生糸の生産 石中に鉱脈を探ぐる
近代の徳和
   明治初年の徳和 移された神々 過疎の中の徳和 徳和の柿農家
三川
   海の村、山の村
腰細
   城のある村 三川郷の鎮守 安達氏が持ってきた鰐口 江戸初期の腰細の人たち 草分けの家々 宝暦十二年の村入用 少ない田畑 北前船の里 松前行きの積荷 立野御林の開墾 祭りの争い
山田
   村の成り立ち 山田と腰細 長百姓の席順 山境の塚 困窮の村 暮らしの手だて 大雨被害の訴え 老養扶持米
莚場
   尾張国から来た寺 本龍寺渡来の理由 莚場の草分け 中世から塩を焼いた村 海も山も 小前百姓の訴え 漁労の村 タイの引網 松ケ崎とのタコ場争論 中国貿易用のナマコ 植林奨励 奉行船引船のほうび
三川、明治から現在へ
   三か村の合併 明治の三川 時代の変換期に立つ村 海に生きる
川茂
   小佐渡山中の村
川茂というところ
   盆地の開発 江戸時代の村のようす 明治初期の川茂 川茂の現況 酪農農家のくらし 地域のまとまり 羽茂川水系の用水 はた織りの糸 古い民家
下川茂
   中世の下川茂 五所神社の宮方 御田植神事 社をまつった人たち 川茂杉 下川茂の杉御林 小泊新谷のこと
上川茂
   上川茂の立ちはじまり 上川茂の百姓 野田江 入会山のきまり 上川茂の御林 上川茂とお寺
外山
   外山の成立 開墾の状況 開墾をめぐる争い はりかけ 冷害におびやかされる村 隠居の制度 外山の鍬柄 経塚山の祭り
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