佐渡の文化財

畑野町史 総篇 波多

  • 編集:畑野町史編さん委員会
  • 発行:畑野町
  • 発行日:昭和63年2月

目次

口絵
序文
第一編 地域の特質
第一章 自然
   位置 地形 地質 土地利用 気象 植生
第ニ章 人文概説
   沿革 村境・郡境 山越え道と川の道
第三章 畑野史の周辺(座談)
   畑野町の姓 流人と道 柿谷地越え 流人と役所 国府川と波多 畑野ことば 衣について 食について 交通 旅篭・坂送り風俗・博打 祭・市 スポーツ 釣 能のこと
第ニ編 歴史的展望
第一章 原始時代の遺跡
  縄文遺跡
   縄文遺跡と遺物の出土地 三宮貝塚・調査者.位置とひろがり・他地域との交流・石器の特色・当時の食糧・出土人骨 寺田出土の有孔磨製玉斧
  弥生遺跡
   下畑遺跡 地形 弥生海退 出土位置 文化経路 縄文文化からの切りかえ 生活 本土の状態 玉作りのルーツ 玉作り遺跡の指標 玉作りの原石 仕事場 副業的性格 工法 石錐の使用 石錐の発見 技術集団の行くえ 流通 玉の使用者 弥生時代の中心地 他の遺跡
第二章 古代
  東大寺封戸
   佐渡国と東大寺 国分寺と東大寺 寺田と大久保 加茂社と浮免
  古代の郷名
   八世紀の播多郷 十世紀の八多郷 波多郷の初見 ハタの語源
  古田
   田の種類 古古田 条里田 中世田 新田
  国府と下国府
   佐渡の国府 下国府遺跡 世尊寺と下国府坊 下畑と国府
  後山遺跡
   後山宮浦台地 弥生時代の後山台地 円硯の出土とマチ 日朗坂からの遺物 井戸枠と墨書土器 中世の後山台地 地名に残る高塚・二子塚
  穂積朝臣老
   穂積老と佐渡の歴史書 穂積老の犯した罪 佐渡までの路程 穂積老の口分田 穂積老の影響
  式内社の集中
   集中の背景 官社の集中と播多郷 播多郷と食物神の集中
第三章 中世の社会
  波多郷
   波多の殿さま 波多郷の領域 波多と守護所 安国寺の建立 下畑の一向宗道場 下国府坊の跡 十社免をもつ大社 村殿たち 鍛冶の集団 波多殿の末裔 雑太殿の末裔
  宮浦郷
   宮浦郷のはじまり 宮浦郷の村づくり 宮浦郷と久知郷 『久知軍記』について
  城と館
   波多城 熊谷城 寺田城 目黒町城 栗野江城 坊ケ浦城 大久保城 宮浦城 三宮城
  上杉景勝と波多
   景勝伝説の虚と実 上杉軍の佐渡攻め 町内に残る上杉方史料
  中世流人と波多
   中世史料と和紙の不足 文覚 順徳院 日蓮 世阿弥
  山棲みのくらし
   初期の木地師 椀貸伝説 木地屋とタタラ師 臼木地と椀木地 鍬柄 大が挽き 山中の船作り
第四章 近世(江戸期)
  検地
   町に残る慶長検地-波多本郷村・後山村・宮浦村・栗江村本郷・元禄検地帳の人名と地名-三宮村・馬場村・北村・後山村・宮浦村・大久保村・猿八村・小倉村・長谷村・安国寺村・河内村・坊ケ浦村・栗野江村・三拾二貫村・二拾五貫村・畑方村・畑本郷村・目黒町村・寺田村
  水利と治水
   おもな水系 堰元の村 水利慣行 慣行用語 治水 池と堤 堤の普請 坪山堤 蟹穴堤 小倉ダムの完成
  山野の利用
   焼畑-はりかけ・栗野江の焼畑・林畑
   固い込み-くね木・篭出し・かいと・垣の内
   牛場とマキ-牛の地名・牛と呪法・踏み耕・マキの地名・牛飼いと秣場
  凶作と義民
   義民と畑野 慶長の義民 寛延の義民 宝暦の飢饉 飢渇人の数 中山堂の過去帳 餓死者の碑 明和事件の発端 明和の一揆 明和事件のお仕置 明和事件と藤右衛門 遍照坊智専の書き置き 天保の一揆と畑野町 天保一揆の性格 打壊しに遭った畑野の米屋たち 天保一揆の関係者 騒動の結末
  村の構造
   殿原 中使 間人と名子 平と長 年寄 村役 五人組 村内の組 屋号と通称
  商店街の形成
   藤右衛門と街すじ-藤内左衛門からの分家・初期の藤右衛門・下畑から上畑へ・西町と藤右衛門家・藤右衛門家の歴代 煮売屋から料亭へ 荒物商人市と緑日-七日市場・楽市らしき痕跡・縁日
  諸職人
   畑野絹-古代の養蚕・畑野絹のはじまり・丹後の佐十郎と畑野絹の復活・桑の木の払底・畑本郷の絹屋四人衆・明治の蚕と絹
   醸造-江戸期の酒造株・明治期の酒造・みそしょうゆ・酢屋
   番匠-宮番匠・家大エ・明治大正期の大工
   桶屋-大桶造り・村の桶屋
   鍛冶-かに穴とたたら師・鋳物師・野鍛冶・銅屋
   石工-古い石工・石仏墓地・鬼石・大久保石・竜王寺石
   油建木-油木・油建木
   漆塗り-慶長の漆栽培・小倉漆・畑本郷の漆・漆塗り
   竹細工-初期の竹細工・江戸期の竹細工・小菅竹堂
   煙草切り-佐渡煙草・畑野の煙草切り 炭焼き
  文人・絵師たち
   新井精斎 藤右衝門家の文人たち 半次郎と探兆 中川兆斎 雲峰と珠津 本間梅翁 菊池政春
  医療と薬草
   朝鮮人参の試作 薬草とり 薬種の一手専売 薬種商近江屋 湯治 民間療法
  商人地主の進出
   主兵衛と馬場・北村 桶屋庄兵衛と北村 山本半右衛門と三宮村 時岡弥右衛門と後山村 三右衛門と七郎兵衛 川崎屋新右衛門と畑本郷村 治郎右衛門と三宮村
第五章 近代(明治・大正・昭和前期)
  政党
   明治期の有権者 改進党と同好会 青木永太郎と政友会
  農業団体
   一万刈の田地持 小作組合 畑野村農会 信用組合から農業会まで 三農協の併立 佐渡農協への合併 反産運動 内水面漁業組合 佐渡硯
  佐渡の大地主
  教育
   精斎塾 その他の私塾 庠舎 学校の創立と統合 農業学校の設置
  青年会
   若衆組から青年会へ 畑野聯合青年会 青年会から青年団へ 補習学校・青年訓練所より青年学校へ 婦人会
  官公衙
   役場 消防団・消防署 郵便局 駐在所(警察) 老人施設-待鶴荘・ときわ荘・福祉センタ-・こがね荘 保育所-畑野保育所・その他の保育所
  商店街の発展
   何代と渡辺姓 街村の形成 仙道の料理屋
  医院の開業
   医師懐古 避病院
  明治の職人
   下駄つくり 瓦屋-石のせ屋根・佐渡瓦・能登瓦時代 福寿院窯 てんてこ焼 畳刺し 左官 食品製造-菓子造り・そば・豆腐
  村有林
   御林 部落有林を村へ寄付 他村内の林野 官行造林 財産区
  戦時の記録
   西部学会と日露戦争 三宮・畉田婦人会記録にみる太平洋戦争まで 戦没者名簿(部落別)
  文化と芸能
   印刷文化-週刊誌の発行・新式活版機の導入 慶四郎その後 写真
   文人画家たち-廣田耕南・本間好之と春風舎・渡辺湖畔・金子不泣・金島圃西・本間勘弌
   芸能-能(定能場・藤右衛門・大膳社能番組・渡辺主左衛門・小田菊蔵・大正期の演能 能関係者の碑) ちょんがり 人形つかい(祭と人形・文弥節の太夫たち・下畑人形と中川福松・小倉人形と新田伊作・後山人形・のろま人形と団蔵) 春駒(女春駒・春駒唄・春駒を演じた人々) 芝居
  年中行事
第三編 部落史
 三宮
   深山・才ノ神考 荒屋・荒町考 三宮殿 中川姓について 三宮若宮と砂畑 三宮入会山 竹田川と三宮川 元和・元禄の三宮村 明治初期の三宮 余録
 畉田
   畉田の村名 馬場村の成立 馬場殿 江戸期の馬場北村 馬場村宗門帳 北村宗門帳 用水と山吹江 余録
 宮浦
   王朝時代の痕跡 野崎城と新城 加賀屋敷 一宮社と慶宮寺 本光寺と日朗坂 船頭屋敷 野崎・山崎と横大道 後山沖の開拓 後山との合併
 後山
   後山村の分村 広い屋敷どり 山郷姓 新開堤 羽二生助左衛門一族 おもやの家系 相川からの移住者 河原一族 赤泊越え道の繁栄
 大久保
   地名 真禅寺 白山社 大久保と修験道 村人の人情 村の成り立ち 長次郎のこと
 河内(飯特)
   羽根と河内村 明治・大正の河内村 真楽寺の紛争 川と橋の村 資料の焼失村の伝説 付記
 猿八
   猿八部落のおこり 清兵衛と村 村の名主 藤源さんと『天地吉凶録』 戸数の変遷
 小倉
   佐為郷と高家郷 名の時代 近江と小倉 木地師の村 稲作村への転換 名主歴代 八幡神社と上杉景勝軍 小倉村と寺 七墓参り
 長谷
   元禄の長谷村 寺百姓の交替 「長谷往来」
 坊ケ浦
   村の始まりと村の名 大塚主膳と坊ケ浦村 元禄の頃の坊ケ浦村 坊ケ浦越前村の恩人たち
 栗野江
   境のむら 殖栗郷と栗野江 気比神社と栗野江 栗野江郷と岩首村 栗野江三ケ村 姓と屋号 加茂新田 争いの歴史 佐藤西家 湯の村 部落と堂
 目黒町
   目黒町の地名 塚原の所在地 遠藤為盛の伝説 城跡と城主 本郷村と西分村 羽根と河内村
 寺田
   寺田と国分寺 鳥羽十左衛門と寺田 医者の村 小田原神社 杉崎村と寺田村 四郎左衝門の屋敷 河原田の儀左衛門
 畑方・畑本郷・安国寺
   集落以前の畑野の台地 台地移転のはじまり 元禄時の畑野町並 古い道と新しい道 畑方村と畑本郷村 下畑と安国寺 布橋 明治初年の旦那寺 畑本郷屯所
編さん後記
索引
かこみ記事
 高齢者の数 小倉の「青の洞門」 俳句 猪股延太郎 修羅 ハタの郷名 莚梭つくり 佐渡のサンカ 細野佐右衛門 文政の炭焼き ミツマタの栽植 明治の物産 茶臼 二人の将官 民謡の松本丈一 西南戦争の勇士 煎茶道 長島姓の一族 遠州流生花 稲刈機の製作 山田酉蔵 本間茂雄 小倉の異体文字 電灯はじめ 団三郎狢 義民堂の建設 囲碁の梶原九段 女性薬剤師 昔話のキサ女
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