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メールマガジン第42号

バックナンバー(2007年7月24日発行)

2007年7月24日発表

総務課 秘書係(0259-63-3111)

7月16日午前10時13分中越沖地震が発生しました。議長、市長はじめ6名がトキ関連の親善訪問で、前日まで中国、洋県を訪問しての帰途、新潟で地震に遭遇しました。急いで11時のジェットフォイルで帰島し、直ちに開催した連絡調整会議で、情報収集・被害対応に万全を期すよう指示しました。

とりあえず、地震災害派遣隊(救急隊3名、救助隊5名、消火隊5名、支援隊2名)が12時40分のフェリーで早速出発いたしました。

翌17日は、小木の力屋観光船が救援に向かうことになり、水や簡易トイレなどを積み込んで、大竹副市長が市職員4名と支援に出発しました。(当日市役所では終日、情報収集や支援の方法を巡って県と調整が続きました)佐渡での地震被害は不幸中の幸いで、一部水道管の破断などを除きほとんどありませんでした。

18日に、要請により保健師1名を派遣、同日、市長会が新潟で開催されました。柏崎市長を除いた全員で支援方法を議論しました。市長会の会長は先の中越大震災での経験も記憶に新しい長岡市長です。さらに、ほとんどの市長が先の地震経験者ということもあり、冷静な分析が行われました。(県からは市町村課長が参加)

三条市長から、現地の様子について発言があり、被害は予想以上に大きいこと、救援物資の保管場所が被害の激しい市役所の裏の車庫でそこに到る道路が大混乱していて、輸送がままならない様子など(もう既に場所の変更は計画されているとのこと)が報告されました。

他の市長から、情報の共有についての県対応が、ちぐはぐではないか?あるいは、まだ水とブルーシート、トイレ、一部食料が不足している等々の発言がありましたが、3年前の経験から、統率の取れないばらばらな支援やボランティアはかえって混乱を招くことが予想され、支援は県が統括して、情報を取りまとめ、市はそれに従うことになりました。

そのほかにも多くの議論があり、ミスマッチへの批判もありましたが、会長の「問題はあるのが普通、それでも柏崎市長はそれに耐えて、乗り切らなければならない」の言葉は重く皆の心に響きました。

佐渡からは、交通の渋滞がひどければ、海からの支援に対応できること、風評被害が懸念されることについては、既に3000人を超す宿泊予約者がキャンセルとなっていることを報告しました。

今後は、被害家屋の調査や、補助金申請など国への支援要請の書類作成に人員の派遣が必要になるので、経験者の人選など地道な対応が必要になります。

(佐渡市では中越大震災対応で、現在でも1名長岡市に派遣中です)


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