佐渡の文化財

新潟県指定 記念物
羽茂城はもちじょうあと

指定種別史跡
指定年月日昭和30年2月9日
所在地佐渡市羽茂本郷
所有者または管理者個人蔵

羽茂本郷の東側、独立台地上に築かれていた典型的な中世の山城跡で、本城・二の城・北の城・馬場などの跡を残し、本城跡には殿屋敷・奥方屋敷・五社城・荒神城・南の城などの遺構をよく残している。また、見下ろす羽茂平野周辺には、この城を中心とした縦深陣地や背後の各支城を配する雄大な布陣が見て取れる。

城主の羽茂本間氏は真野地区の吉岡本間氏からの分家とされ、南佐渡の拠点としてこの城を構築したものと思われる。その進出は鎌倉期とみられ、応永33年(1426)頃から勢力を広げ、永正7年(1510)頃から天文19年(1550)頃にかけて佐渡を二分する勢力を得た。しかし、豊臣秀吉の天下統一後、天正17年(1589)に越後の上杉景勝が佐渡を攻めたため、この城は落城したと伝わる。

なお、城の構築時期は南北朝期から応永年間(1394〜1427)と推測されており、昭和52年(1977)の発掘調査では城内鍛冶跡や建物跡・建物の柱穴跡が、さらに北の城跡へ続いていることが判明し、多くの陶器片などが発見されている。

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